自己啓発本の類は嫌悪していたが、頼らざるを得ない気がするので近いうちに買うぞという宣言

 友人と遊んだ帰り、渋谷駅を目前に腹痛に見舞われ、東急のトイレに駆け込んだ私が目にしたものは!

謎の煽り(事実)が頭に浮かんだので昇華させることにしてしまった。電車に飛び乗り帰路についた私は、ある広告に目を奪われたのである。

超一流の雑談力

超一流の雑談力

 

こんな気が休まるだけで当たり前のことが書いてあるだけの新書(または啓発本の類)は読まないと心に決めておりましたが、会話力・コミュニケーション能力が極端に落ちてきていると危機感を覚えていたので、目に止まってしまったのだろう。つまり、私の無意識下でのアンテナがこの本をキャッチする程度には、コミュニケーション能力の低下を体感していてヤバい。

ここ最近、私の対人コミュニケーション能力が著しく低下しているように思える。どうも相槌を打つタイミングがおかしい気がする。テンポのあわせ方がうまくいかない。きっとボキャブラリーが足りないせいだろう。相手の話をうまく聞き出せない。行間が読めない。会話の流れを作れない。リードできない。先が読めない。オチが作れない。これらが悩みである。

文字を読まなくなっているからなのかもしれない。上等なコミュニケーションをとっていないせいかもしれない。はや合点が多く、面白みがない。ゆとりがないのかもしれない。

人といて心地よい空間を提供できないのなら、相手を私とのコミュニケーションに付き合わせるのが大変申し訳なく、情けなく思う。私のために時間を割かせてしまって申し訳ないと思う。そんな対等に思えないコミュニケーションは私にとっても相手にとってもおそらく最低で、間違いなく私にとっては最低だ。

なので、近いうちにこの本を買い、どうにか私が望む私になる。ならなくてはならない。

大して取り柄のない私がコミュニケーション能力までなくしたらもう意味がなくなる。人と会話をして面白がってもらえたり、居心地が良いと言われるくらいが褒められるポイントなのだからどうにか維持しなくてはならない。ああ、だめな私になりたくない。なりたくないでござる!

人と対等に会話をしたり、喜んでもらえるような人間でいたい。求められるような人間になりてえよ。求められるような人間のコミュニケーション能力が著しく低いなんて私の場合ではありえない。上げるんだ。上がらないなら、上がらないなりに元の推移に戻らせくれ。

がんばろうな、私。

9月になったらやるといったきり放ったらかしのことがたくさんあるからそれらも並行して頑張ろうな。