思考を整理するために行うアウトプットのメリット

心にゆとりがないからだと思うが文章が書けなくなってきた。自分が思ったことを瞬間的な気持ちを残しておくためのブログなのだが、書きたい気持がわかない。だがしかし書きたいことはあってという状況である。アウトプットは思考を整理するために必要な行為で、それを大切にしているのにうまくできない。どうも無気力で仕方が無い。大変に困っている。

そもそも私が思考を整理するためのアウトプットを大切にしているのには3つの理由がある。

自分自身の意見が明確になる

それは文章であれば内容が重複するからである。何度も同じことを書いているなどの現象が起こり、それが自分自身の意見であることがわかる。自分が建前としている意見と本心を読み解くことが出来る。自身の意見を出来上がったものを通して俯瞰してみるのである。

 

自身の置かれている状況がわかる

文章は他人に読ませるために書くといい。そうすると事象について説明しなくてはいけないのでなぜ悩みが生まれたのか、何に悩んでいるのかを明確にしなくてはならなくなる。アウトプットしている過程で分からないようなことは考えても仕方が無いと切り捨てることができる。

 

自分自身を客観的に見れる

事象を整理するために書くと、出来事の事実を書かなくてはならなくなる。事実が並んだ時に、その事象の物語が出来上がるが、自身の気持ちを排除して文章を書くと、客観性がうまれる。自分自身の気持ちに寄り添ったアウトプットの仕方をすると主観を含んだ妄想も含まれるのでおすすめしない。

 

さいごに

このアウトプットを通して物事を遠くから見ることで、思考を整理したいという気持ちを昇華させることができる。そして筋道がたつので自身の行動指針にもなる。これもアウトプットを大切にする理由に含まれるのかもしれない。

客観性という言葉がキーワードになるだろう。客観性があって初めて主観性が活きるだろうと思う。主観だけで物事を見ているとひとりよがりになり思い違いを起こす。それを減らせるのでアウトプットは好きだ。

アウトプットの方法は写真でもいいし、イラストでもいい。それらの場合は思考を整理するためにという目的とは離れるだろうが、傾向を自身で分析すれば十分な感情バロメーターになるに違いない。

アウトプットを日常的に行うと自身の感情の変化の仕方の傾向が分かるので毎日を穏やかに過ごせる可能性が跳ね上がる。アウトプット、みんなもしてみたらいいと思うし、私はアウトプットの習慣を取り戻せたらいいなと思う。