のんびりぼんやりしてもいいよね

祖父母のいる街へ帰省をして3日目、じいじとばあばの生活リズムと笑いのコンテンツの噛み合わなさやらで都会の喧騒が懐かしくなってきました。

いまは公園のベンチに寝そべりぼんやりとしています。

 

飽きるほど昼寝をして、アイスを食べてぼんやりとして昼寝をして、何が不満かはわかりませんが、飽きてきました。なんだかんだ言って私はアルバイトをしたり、街に出たり、人というツールに触れるのが好きみたいです。

あと、ひとりの時間も。

公園に出て、友人に電話をし、人の時間を小一時間消費したところで電話を切り、まだ外で夜風に当たっています。暇を持て余しベンチに寝そべっています。ああ、ぼんやり。夜風が涼しい。

また明日は何もすることがないのだろうな。なるべくたくさんじいじとばあばとお話しておかないと。次はいつこれるか分からないから。

ぼんやり。

書くことや書きたいこともたいしてないんです。伊勢神宮に行った話だとか、展望台に登っていい景色を見た事は話したいかな。

でも、いまじゃない。

ただ、都会の喧騒から離れても不満だということを少しだけ分かってもらえたら、と思うんだけど。

世間の人は忙しいから羨むかもしれない。

時に、ちょっとした私の電話に対する考え方。人と電話するのは好きだけど、他人の時間をもらうのには抵抗がある。その人の中で私がどれくらい大切かが目に見えて分かっていないと無遠慮に電話をかけることが出来ない。なんか、大切にされてないと電波越しに時間を貰うのって躊躇う。

メールなら好きな時に返してくれればいいのだけど、電話はつきっきりでないといけないから、時間を目に見えて消費してしまうから、躊躇うのだな。

だから、電話が出来るとうれしい。

その人が時間を明け渡しても苦ではないというコミュニケーションは心地がいい。

デートとかわざわざ時間を合わせるのもそう。ご飯に一緒に行くだとか。電話も私の中ではそのひとつだ。

さて、何も書くことがないので家に帰ろう。公園のベンチに寝そべっているのは大変気持ちがいいけれど、通行人の人を驚かせてしまうし、母が心配してるだろうから。

皆さんいい夢を。おやすみなさい。

真夜中のベンチより。