躁状態で湯水がごとくアイデアが湧いて怖い

鬱状態より、躁状態のほうがまずい」なんて聞いたことがあるけれど、事実だなと思ったわけなので、まとまりはないけれど、この記事をエントリーする。つれづれって言葉がよく似合う。下書きとか、メモ書きとか、そういう言葉が似合うなあ。

 

なんで「躁状態のほうがまずい」なんて言い出すか。

私は気分の上がり下がりが激しい性格だと自負している。仕事の速さは簡単か難しいかではない。私がやる気になっているか、いないかそれに尽きる。性格の話はそれだけでなく、休日は用事がなければ気が済むまで眠り、ほとんど活動しないことにしている。だって、眠たいし休みたいじゃんが言い訳だ。大義名分はない。気分がのっていれば、夜中遅くまで起きて課題などを片付けていることもあるし、映画などをみていることもある。ようは同じ自堕落な生活であっても活動しているかしていないかに関してはとてもムラっ気がある。眠れるなら眠りたいだけ寝ていればいいというポリシーに基づきこのような生活を送っていた。だけど、就活を通して仕事をすることや勤めることについて思いをはせて、初めて自堕落な生活をどうにか改善しなくてはいけないと考えた。そして、さまざまなことに気が付いた。

近頃気が付いたことのなかのひとつに、精神が細いということがあげられる。自分にプレッシャーがかからない、または責任が軽い仕事の時はどんなに大きな発表の場であっても面接であっても緊張しない。しかし、自分の実力が問われるような機会になるとがちがちに緊張するということに最近気が付いた。初めの一言を話してしまえば環境に合わせることができるので幾分かマシなパフォーマンスができるようになるのだけど。私は人並みに緊張している。心臓に毛は生えていない。

何かを悟るように、点が線になるようにという表現がよく似合う。私は、ムラっ気があることや、精神が細いことから変に気疲れを起こしていると。情緒が不安定では言い表せない。双極性障害のような精神の上下をなぞっているのだな、と気が付いた。

4月、5月は肌の調子が悪かったこともあるが週一回ある授業へ出るほかに外出しなかった。ほぼ毎日眠って過ごした。そして6月の今である。眠れないのだ。 

 

先日、大切な面接があった。あまりにも緊張して、自分の語彙力のなさや不甲斐なさを呪った日があったのだが、その前日から私はあまりよく眠れていない。大きなストレスがあると眠りが浅くなるなんてワイドショーか何かで見聞きしたことがあるけれど、まさにそれに当てはまってしまって。眠れない。興奮してしまって、それだけでなく、ここ数日私が大変心を奪われているラーメンズ小林賢太郎氏のアートな感性にあてられて創作意欲が上がっていて、私は気を紛らわせるためにポストカードに絵を描いたり、小説を書いたりして一晩を明かしてしまったのだった。眠たいはずなのに眠れなくて、アイデアがあふれんばかりに湧き出してしかたがないって怖い。

とても楽しかったのだけど、眠気が一向に現れない。なのに、さまざまなアイデアが浮かぶ、小説のような物語を綴ることはできたが、ブログ(自分自身を見つめなおすこと)は書けなかった。ああ、実は注意力が散漫になっているから自身に関する論理だった思考はできないのだな、と思ったわけだが。

そして今日も深夜3時を回っても眠れていない。

 

私は少し怖くなって、ポストカードにイラストを書きなぐりたい衝動も、ラーメンズのコントを見たい衝動(感化されて心がざわつくから)も、抑えるためにぼんやりと昨日をすごしたけれど、あまり変わらなかった。

 

昨日の話。母を駅まで送るために車の運転をしなくてはならない機会があったのでひやひやしながら車に乗った。少し怖かった。注意力が散漫で自損ならまだしも人身事故となると他人の一生まで狂わせるよなーと思って、冷静になろうと意識したけれど、その思考自体がぶれている裏付けになるのだろうななどと頭の中が忙しかったわけです。

 

病院に行こうとか、薬がほしいとかはない。こういう性格だって割り切ってそれなりに仲良く付き合っていかないとなと思っただけ。だけなんだけど、これ、性格では押し通せそうにないな、と自嘲気味に笑ったのでした。