なりたい自分なんてものはなくなった

いままで友人に偉そうにアドバイスをしてきたけれど、本当はただのずるい人間なんだよと事実を打ち明け、ひとり楽になろうとするずるい人の独白。

 

就活をして、4月中頃に適当な企業から内定をもらって私は夢を見るのをやめた。

 

学校を卒業さえ出来れば、私は社会人として働くことが出来ると決まったからである。日本で暮らす上で正しいとされるレールに乗ることが出来たからだ。

ただ、その事実を手に入れてから私は人間としてとてもつまらなくなった。

レールに乗り上げてからというのは、ただ日々をベッドの上で過ごした。数ある企業のエントリーシートも出さず、なにかから逃げるように眠り続けた。早い段階で志望もしていなかった会社からの内々定の鶴の一声で私はプレッシャーから開放され、将来のビジョンという名の気持ちを灰に変えた。

 

やってみたいことはたくさんある。

広告を作ってみたい。お菓子の企画を作りたい。コミュニケーションツールを作りたい。人と人とのかかわり合いがスムーズになるようなシステムを作りたい。絵を描きたい。ものを作りたい。文房具に関わりたい。カラーコーディネーターになりたい。インテリアコーディネーターになりたい。コミュニケーションに関わりたい。私らしい髪型で仕事がしたい。ショートカットの髪でロートーンのメッシュをたくさん入れた動きのある爽やかなマニッシュショートヘアで好きな格好して、好きな時に好きなだけ働きたい。

そういう欲望を、なんとなくでどこかに置いてきた。

私なりに考えてこの結果に納得しているつもだ。絵を描くのは趣味だから続けられていることで、お菓子作りは好きな時に好きなだけ作るから楽しいのだ。色の資格なら働きながらとってもいい。

いま、若さがなくてはできない仕事を目指し、一流のサービスマンになろうと言い聞かせてしっかりと納得したつもりだ。

 

そうは言いながらも、考えるのが面倒くさくなったから、ニートにならないから、もしかしたら、真面目に挑戦して夢敗れるのが怖かったから私は全てに挑戦しなかったに違いない。理由をつけて挑むことをやめた私はとにかくズルい。

 

こうは言っても、いまでも就活はやめてない。ただ、幼い頃よりぼんやりと言い続けた惰性の夢を追いかける自分が不甲斐ないだけだ。一流のサービスを提供する人間になるための身分相応の努力をしていないくせに、一丁前に頑張ってる振りをしている私がダサくて仕方が無いだけ。

きっと、ここで合格が出てしまったら、私は宝くじが当たったかのように喜ぶはずだ。もしかしたらこんなもんかと吐き捨ててぼんやりと空を見つめるかもしれない。

 

だから、真面目に就活をする人や悩む人、考える人、ものを作ってる人、彼らの頑張る背中を見ることが辛い。

私は頑張ることを放棄したので、もっとやればよかったと言うべきか、言わざるべきかと自分なりに悩んでいる。

話を断片的に聞いたポジティブな人に就活ってまだ終わってないんでしょ?今からが無理なら働きながら自分ひとりでいろいろと試してみてからまた転職でもして会社変えればよくね?なんて言われてフラストレーションがたまりそう。そういうことじゃなくてね、と私はまた言い訳をするハメになるので冒頭から読んでニュアンスを察して閑話休題

 

長々と言い訳を書いたけれど、何も変わらないので、自分の夢や希望を一時的にどこかに置き捨てて、私は大人が欲しがるであろう人間を演じてるだけのずるい人間になっている事実から目を背けてはいけない。演じるなら最後までやりきるんだ、と自分に言い聞かせよう。

 

そして、友人へ。プロの就活生なんてものは虚像である。

ハキハキと発言をする就活生のなかに立派な人なんかはいない。自己実現も将来像も論理的に組み立てて作り出したものに過ぎない。ただのふにゃふにゃな設計図をどうにかしてまともに見せているだけなのだ。どんなに素晴らしい志望動機を言っていても、自己PRだったとしても、それが脚色なしの事実の人間はほとんどいない。大人の考えに擦り寄って需要に応えようともがいて演じているだけなんだ。だから気持ちの整理がついてない人がいてもちろんいい。不安でいい。うまくいかなくていい。人から気に入られるためにズルいテクニックを知ってる人が世の中には大勢いるだけの話で、大人は需要にすり寄せたまがい物の作品になんだかんだ気づくように出来上がっているからちょっとは安心していいはずなのだ。